働きたくなかったわけじゃない。
むしろ、できるなら早く働きたかった。
2013年に統合失調症と診断されてから、
自分の中にはずっと
「社会から一度外れた」という感覚があった。
それでも、どこかで
「また働けるようになりたい」
「普通の生活に戻りたい」
そんな気持ちは消えなかった。
だから就職活動をしていた。
就職活動をしても、うまくいかなかった現実
履歴書を書いて、求人に応募する。
面接に呼ばれて、落ちる。
それを何度も繰り返した。
転職回数は10回以上。
不採用は累計で40社を超えていた。
最初の数社は、
「縁がなかっただけ」
「次がある」
そう思えていた。
でも、10社を超えたあたりから、
少しずつ感覚が変わっていった。
不採用が続くことで起きた変化
不採用の連絡が来ても、
驚かなくなった。
ショックよりも、
「やっぱりか」という気持ちが先に出るようになった。
メールの通知が鳴るたびに、
一瞬、体がこわばる。
それでも怖くて、
すぐには開けない。
数分、画面を見つめてから、
覚悟を決めて開く。
そこに書いてあるのは、
ほとんど同じ定型文だった。
「今回はご縁がありませんでした」
その文章を見るたびに、
自分という人間そのものを
否定されているような気がした。
面接まで行っても、結果は同じだった
書類選考だけでなく、
面接まで進んでも、不採用は続いた。
面接中、
頭の中が真っ白になることがあった。
質問の意味が分からなくなったり、
何を話しているのか
自分でも分からなくなったりする。
面接が終わったあと、
「ちゃんと話せただろうか」
「変なことを言っていなかったか」
そんな反省ばかりが頭に残った。
就職活動が「作業」になっていった
不採用が20社、30社と増えるにつれて、
就職活動はだんだん“作業”になっていった。
求人票を流し読みして、
「ここならいけそう」と自分に言い聞かせて応募する。
本当は興味もないのに、
応募しないと不安になるから応募する。
その結果、また落ちる。
そして、さらに自信を失う。
完全に悪循環だった。
40社を超えた頃、何も感じなくなった
不採用が40社を超えた頃には、
悔しさも悲しさも、
はっきりとは感じなくなっていた。
「どうせ落ちる」
そう思いながら応募して、
実際に落ちる。
期待しないことで、
自分を守っているつもりだった。
でも今振り返ると、
その時の自分は
確実にすり減っていたと思う。
外からは見えないしんどさ
当時の自分は、
集中力も記憶力も明らかに落ちていた。
求人票を読んでも頭に入らない。
履歴書を書いても、同じミスを繰り返す。
面接で何を話したか、
後から思い出せないこともあった。
それでも外から見れば、
「働いていない人」
「家で時間を持て余している人」
そう見えていたと思う。
一番つらかったのは「誤解」
一番つらかったのは、
不採用そのものよりも、
「怠けているだけ」
「本気を出していないだけ」
そう思われてしまうことだった。
実際は、
毎日、自分の存在価値を疑いながら生きていた。
働きたいのに働けない。
頑張りたいのに、
体も頭もついてこない。
そのギャップが、
自分自身を一番苦しめていた。
就職活動が恐怖になっていった
不採用が続くにつれて、
就職活動そのものが怖くなった。
期待しないようにしても、
落ちるたびにダメージは残る。
睡眠の質も下がり、
体調も少しずつ崩れていった。
それでも
「働かなきゃ」
「休んだら終わりだ」
そう思い込んで、
就職活動をやめられなかった。
今だから分かること
今振り返ると、
あの頃の自分は
「就職活動を続けられる状態」ではなかった。
能力ややる気の問題ではない。
体調、認知機能、気持ちの余裕、
どれも足りていなかった。
それなのに、
「働かなきゃ」という考えだけで、
自分を追い込み続けていた。
あの頃の自分に伝えたいこと
もし、あの頃の自分に声をかけられるなら、
こう伝えたい。
「働きたいと思っているだけで、十分頑張っている」
「就職できない=価値がない、じゃない」
「立ち止まることも、ちゃんと意味がある」
就職できなかった時間は、
無駄でも失敗でもなかった。
遠回りだったかもしれないけれど、
今の自分につながる時間だった。
最後に
この文章は、
過去の自分の話であると同時に、
今もどこかで
同じ状況にいる人の話でもある。
働きたいのに、働けない。
その苦しさは、
本人にしか分からないことが多い。
だからせめて、
「怠けているわけじゃない」
そのことだけは、
知ってもらえたらと思う。



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